双極性障害 虎の巻

双極性障害を患った人間が綴る、双極性障害完治への過程や双極性障害とは何かを綴る闘病記

ここ最近の生活。

さて、すっかりサボっていたブログの更新ですが、ここ最近の生活について少し思いついたことを綴っていきたいと思います。

 

安定したというお墨付きをもらって以降、本当に特に気分が乱れることなく過ごせています。

ごくたまに、寒い日が何日も続いた後に少し「あれ?今日は少し変だな?」って日はありましたが、1時間も運動すればすぐに元通りになってしまう程度の変化でした。

そのくらいの調子の悪さなら、健康な人にだって起きますよね?

なので、安定した生活をキープ出来ていると言ってよいと思います。

 

 

今でも、睡眠覚醒リズム表をつけていますし、日記も欠かさず書いています。

特に、睡眠リズムが狂うことは黄色信号なので、細心の注意を払っています。

また、私の場合は気圧の変化に弱いため、特に冬の寒い日や日照不足が続いた後などは変化がないか、自分の体調を注意深く観察しています。

そうして日々記録をし続けることで、診察時にもスムーズな受け答えができています。

 

 

診察は今でも月一で行っています。

15分間の診察で、最近の睡眠状態に変化がないか?食欲はどうか?気分は?最近どんなことを考えているか、などを話しています。

そして、薬も飲み続けています。

安定したからといって、じゃあすぐに薬を止められるのかというと、そうではありません。

この安定した状態を維持できているのは、何よりも薬を飲み続けているからこそ。薬のおかげです。

 

 

私はこの点について、少し勘違いをしていました。

以前は、安定したら薬も減らしていける。最終的にはゼロにできる。

そうなって初めて病気に完全に打ち勝った、私は治ったと言えるのだ。そう思っていました。

そして、安定した今となってはそう遠くない未来に、その日は訪れるのだと信じていました。

 

 

しかし、先日診察に行った際に、

「もう安定した状態になってしばらく経つ。いつになったら、どのくらいこの安定した状態が続いたなら、薬を減らしていけるのか?」

という質問をしてみたところ、返ってきた答えは、

「すぐには減らせない。なぜなら今の安定は薬を飲んでいることによって成り立っているものだから。」

というものでした。

 

 

なら、「いつまで飲み続けるのか?同じ病気の人は、薬を飲み続ける人はどのくらい飲み続けて、薬を減らせる人はどのくらいの割合でいるのか?」

と質問してみたところ、

「同じ病気の人には、だいたい10年は飲んでもらっている。でも一生飲み続けるわけじゃない。それは、自律神経やホルモンバランスなどが関係して今の処方薬を飲んでいるわけで、それらのバランスが変われば飲まなくて済む薬も出てくるから。だから一生じゃないけど、今はやめていい時期じゃない。」

という回答でした。

 

 

10年と聞いて、あぁなるほどそうなのか、とは思いましたが、不思議とショックは受けませんでした。

精神疾患でない人でも、例えば高血圧の人や糖尿病の人など、薬を何年も飲み続けている人はいます。

でも、その人たちは決して

「自分は薬飲んでるから元気じゃないんです。」

とは言わないでしょう。

 

知り合いに、心臓弁膜症の人で人工弁を入れた人がいますが、その人なんて一生血液をサラサラにする薬を飲み続けると聞きました。

それに比べたら、私は一生薬を飲むわけじゃありません。

 

それに、主治医は10年というのは目安で、それよりも早く薬を止める人もいるという例も話してくれました。

ただその場合は、ある程度の気分の落ち込みなどを自分で許容した場合に限るとは言っていましたが。

 

結局は自分の気持ち次第なのです。

薬を飲んでいても、寝たきりなわけでもなく普通に動けるならそれは「元気」と言えるでしょう。

私たちだって同じなのです。

 

自分が元気と思えたなら元気。

薬を飲んでいても不自由なく生活できているならそれは元気。

 

元気の定義は自分で決められるのです。

 

 

 

発症する以前は薬がなくても生活できていたのだから、薬を止められたらそれが回復した証拠、と思い込んでいたのは確かです。

ですが、先ほども言いましたが、それは高血圧でも糖尿病でも一緒。

精神疾患だけを特別に考える必要はない。

私が飲んでいる薬は、高血圧の人が血圧を下げて日常生活を快適に過ごせるようにしているのと同様、自律神経を整えて日常生活を快適に過ごせるようにしているだけ。

ただそれだけの事なのだ、と腹の底にストンと落ちるように納得できました。

 

 

私はもう元気なのだ。

私はもう何でもできるのだ。

そう胸を張って言える。

 

これこそが私が求めていたものなのだと思いました。

 

 

 

今までは、心のどこかで「私はまだ元気じゃないから、今何か新しいことを始めて途中で体調が悪化したらどうしよう。」など不安が先に来てしまって、新しいことに挑戦したり仕事を始めたりすることに躊躇していました。

 

しかし、もうそんな心配は必要ないのかもしれません。

 

今の私はもう元気なのだから、新しいことにチャレンジしてもいい時期に来ている。

もう仕事も始めても怖くない。

そう感じ始めています。

 

この感覚は、今までにはなかったものです。

それはやはり、先日の診察でしっかりと薬の服用期間を確認したからこそ起きた気持ちの変化ともいえるでしょう。

もう月一の診察も薬の服用も、後ろめたく思う必要はないのかもしれません。

 

 

皆さんの中にも、同じように感じている方もいたかもしれません。

薬を飲んでいる間は元気とは言えない。なぜなら精神疾患だから、と。

でも、そんな風に思わなくてもよいのだと、私の体験を通して感じてもらえたらいいな、と思います。

これからは自信を持って、「元気です」と答えられるように、そうなっていけたらいいなと思っています。

 

 

以上、最近の出来事でした!

まとまりがなくてすみません(^^;

雇用保険の受給期間が300日に延長されました。(ハローワーク編③)

さて、前回ハローワークから『主治医の意見書』という書類を渡されたことをお話ししましたが、その話のその後です。

 

 

主治医の意見書を持ってハローワークに行ったところ、窓口で書類を提出すると、少しの間書類の内容などを確認していましたが、案外あっさりと「主治医の意見書が提出されましたので、300日に期間が変更されます」と言われました。

 

あんな読めない字の書類の内容が一瞬で分かったんかい(^^;

と心の中で思いましたが、何はともあれ、お金を貰える期間が増えるというのはうれしいことです。「良かった~」と心から安堵しました。

 

 

他に変更になったことと言えば、通常だと、失業認定日から次の失業認定日までの間に何らかの就職活動を2回以上行わないといけないのですが、

これが「1回以上でよい」ということでした。

病気の体に鞭打って無理してやる必要ないですよ、ってことらしいです。

 

 

あとは、私の場合は障害者手帳を持っていないので、「障碍者雇用枠での求人の応募はできない」とのことでした。

通常の求人に応募するということですね。

ただし、今後障害者手帳を交付された場合には、障害者雇用枠にも応募ができるようになるということでした。

精神疾患なので、今後どうなるかわわかりませんものね。そのような説明がなされるのも当然です。

 

 

また、精神疾患であることを、求人の応募の際に必ずしも明かす必要はない、とのこと。

自分の判断で、この求人にはオープンで、ここはクローズで、と判断してよいとのことでした。

あくまで個人の意思を尊重してくれるようです。

 

 

また、病気だからといって、自分の応募に際しての条件面(正社員、職種、通勤時間等)を変える必要はないそうです。

変えてもいいんでしょうけど、病気を理由に自ら変える必要はないということのようです。

 

 

「季節の変わり目ですが、体調はどうですか?」など優しい言葉もかけてもらいました。

これらの体験を通して思ったのは、世の中結構弱者に優しい、ということです。

 

 

傷病手当金がもらえたり、雇用保険がもらえたり、受給期間が大幅に延長されたり。

病気やけがなどに見舞われると、世間なんて冷たいものだと思ってしまいそうですが、世の中って案外弱者に優しい設計になっているんだな、と思いました。

 

もちろん、貰える金額は微々たるものですが(^^;

でも、ないよりはずっといい。

ハローワークの人も、結構親身になって相談に乗ってくれます。

世の中案外捨てたもんじゃないな、と今回の出来事を通じて感じました(^^)

 

 

もし、今後雇用保険の受給に行くという方の参考になればと思います。

雇用保険が3倍長くもらえるかもしれない?「主治医の意見書」という書類を渡された(ハローワーク編②)

さて、ハローワーク編の続きです。

 

ハローワークに行って、無事に書類の提出も終わって、これで雇用保険が受給できる!と意気込んでいたところ、そこへ何やら新しい書類を出されてしまいました。

 

「主治医の意見書」と書かれた書類をハローワークの窓口で渡され、なんでもこれを提出すれば、雇用保険の受給期間が通常の90日から300日(!)に延長されるというではありませんか。

 

この300日受給できるに該当する人々というのは、説明を見ると「障碍者等の就職困難者」ということ。

まぁつまりは、精神疾患で再就職するのは簡単じゃないから、あなたには通常の人よりも長い期間面倒見てあげるね、ということでしょうね。

でもこういった制度があることはやってみるまで知らなかったので、ありがたいものだなぁと思ったりもします。

 

障碍者というくくりにされるのは若干の違和感も感じますが、お金には代えられません!有難くいただきます。

 

 

しかし、ここで新たな悩みも生まれました。

この主治医の意見書って、この前提出した「就労可能証明書」と何が違うのか?と。

だって、働ける状態になったと証明しないと雇用保険は受給できないわけで、だから提出したのに、ここでまた、「もしかしたら働くのは難しいかもしれません」という証明書を出させるというのは矛盾していませんか?

ハローワークって何がしたいん?」って悶々とし、この書類の存在をどう定義すればいいのか?それを考えるだけで頭が痛くなりました(笑)

 

 

とりあえず、主治医のところに持っていきました。

これを見て主治医が、「あー、たしか提出すると受給期間が延びるやつだね。出してみてもいいけど、じゃあ書いちゃおうか。」とその場で書いてくれました。

 

ちなみに、どんな項目があるかということと、参考までに、私の場合は主治医がどう書いてくれたか、を載せておきます。

 

 

まずは1、氏名等で『氏名・性別・生年月日・住所』ですね。

それと2、病名等。『精神障害者保健福祉手帳の所持の有無』、それと『病名』。

この病名の欄には、わざわざ「統合失調症」と「躁うつ病」と「てんかん」がピックアップされてあります。それ以外の場合はその他。

もう、躁うつ病患者はヤバい。って言われているようなもんですわ。

あと『既往障害』と『既往症』。そして、3、『治療歴』を書いていきます。

 

 

ここからが大事な4、『障害の状態』。

  • 現在の精神症状(具体的な症状と程度)

 これが何書いてあるのか読めない(笑)先生、字を崩しすぎです(笑)

 かろうじて読めるのは、「概ね安定しているが、若干の気分の循環性が残る。」と書いてありました。

  • 症状の安定度(安定の程度、安定した時期等)

 これには「安定」と安定した時期を書いていただきました。

  • 日常生活能力の程度

 これは該当するものを選んで〇をするのですが、その項目が、

  1. 社会生活は普通にできる。
  2. 家庭内での日常生活は普通にできるが、社会生活上困難がある。
  3. 家庭内での単純な日常生活はできるが、時に応じて援助や保護が必要である。
  4. 身の回りのことはかろうじてできるが、適当な援助や保護が必要である。
  5. 身の回りのことは全くできない。

 の5つです。

これ見て思うのですが、やっぱり矛盾してますよね?

だって、働けますって証明提出させたのに、この項目を見ると絶対働けない人向けの項目並んでるじゃないですか。だから困惑しちゃって。

でも今思ったんですが、これ、ほかの精神障害じゃない障碍者の方にも同じ書類を渡している(つまり、共通している)ってことですよね。そしたら、その障碍者の方で求職している方にも程度をお聞きしなきゃいけないわけで、そうしたらこういった項目が並ぶのも致し方ないのかな、とちょっと納得しました。

 

で、この項目を主治医は2番に〇をしてありました。

 

そして、次に5、『就労に関する事項』です。

  • 労働習慣(規則正しい勤務とその継続、危険への対応等)の確立の程度及び今度の見込み

 これには、「規則正しい勤務を継続することは可能であるが、短期間からが望ましい」と書いてありました。

  • 作業の内容、環境、時間等の制限、配慮事項その他予想される問題点

 これには、「本人のペースで進められる職場環境が必要」とありました。

  • 就労可能な具体的な就労場所・条件等(一般企業での通常業務、短時間勤務等)

 「短時間の勤務が妥当」とありました。

 

6、『援助体制』には、

ハローワークスタッフ、及び家族の援助を受けている」と書いてくれました。

 

7、各種制度の経験の有無(デイケア授産施設小規模作業所、精神障碍者社会適応訓練事業(通院患者リハビリテーション事業)等)

 これに関しては、私はなかったので「無」に〇をしました。

 

最後に8、『その他参考となる意見 症状を崩す誘因となるもの、てんかん発作に対する対策(発作の起こりやすい時間帯・状況、発作の始まり方等)等』の項目には、

「人間関係の問題が精神的不調の原因となりやすい」

と書いていただきました。

 

これを提出して、あとはこれが通るかどうかの結果を待つだけです。

 

 

これを書き終わって、先生に言われたのが、

「こういうのは『表向き』だから。雇用保険は性質上職探しをしている人にしか出さないものだから、そういうものだと割り切って。本当は会社員できないのに、とか本当のことを話す必要はないし、ハローワーク行ったときは仮面を被ったつもりでいけばいいと思うよ。」

といわれました。

 

これを言われて、ようやく私は、「この書類の意味とか難しく考えなくてもよかったなぁ、ただそういうもんだと思えばいいや。」と納得することができました。

やっぱり精神科医って偉大です。

 

 

さて、そんなこんなで、主治医の意見書を書いてもらいました。

あとでこれをハローワークに提出してきます。

結果がどうなったかは、あとで報告しますね。

ハローワークに行って雇用保険(失業手当)を貰おう!受給までの手続きをまとめてみた。(ハローワーク編①)

さて、今回は雇用保険の受給についてです。

 

雇用保険は、前の会社に1年以上勤めたのちに退職すると貰えるお金です。

通常、自己都合退職の場合は90日間を上限にもらえます。

 

このお金をもらうためには、まず、退職後に会社から送られてくる『離職票』をもってハローワークに行く必要があります。

ここで、雇用保険を貰える条件に当てはまるとされれば、雇用保険を受給することが出来ます。

受給に至る流れは、ハローワークで丁寧に説明してくれるので、今回は割愛しますね。

 

 

私が説明しておきたいのは、私たちのような「病気で退職後すぐには就職活動をすることが出来ないような人の場合」の受給までの流れです。

 

ハローワークでもらえる雇用保険というのは、『働ける状態にあって、働く意欲があるのに今現在失業していて働き口がない人』に当面の資金としてお金を支給してくれるという仕組みです。

ここで大事なのは『働ける状態にある』ということです。

 

 

病気を理由に退職して、現在傷病手当金を受給している人は、”病気だから”傷病手当金を受給しているわけです。

病気の人は当然”働ける状態にはない”ですよね?

つまり、雇用保険を受給できる条件に当てはまりません

 

 

じゃあ、これから先もずっと受給できないの?というと、そうではありません。

雇用保険の受給を延期できるのです。

 

 

では、どのようにして延期をすることが出来るのか?というのをこれから説明します。

 

 

まず、離職票が届きます。

その離職票を持ってハローワークに行きます。

その際に、現在傷病手当金を受給していることを証明する書類も一緒に持っていきます。

そして窓口で、退職したことと現在傷病手当金を受給していることを告げます。

そうすると、雇用保険の受給を延期する書類をくれます。この中に、『就労可能証明書』という主治医に書いてもらう「働ける状態まで回復した」という証明書もあります。

この書類を貰うと最大で5年間雇用保険の受給期間を延長できます。この書類は大切に保管しておきましょう。

そして、もう働けるほどに回復したと医師にも証明してもらえたら、晴れてハローワークに行って延長を解いてもらい、雇用保険を受給できる準備が整ったということです。

 

 

私は、結局2年ほど、雇用保険の受給を延期することになりました。

その間に、傷病手当金を1年6カ月間めいっぱい貰って、それでもまだ病気が治りきっていなかった(状態が安定していなかった)ので、雇用保険を受給できるようになるまでの間は、無収入になってしまいました。

無収入の空白期間を作りたくなければ、その旨を主治医と相談して、主治医に上手く書類を書いてもらうという手もあるかもしれませんが、私の場合は主治医が「まだ安定してないから仕事は無理だね~」といっていたので、証明書は完全に安定するまで書いてもらえませんでした。

その間、無収入になってしまって不安もあったのですが、その間をどう乗り越えたのかも今後書いてみたいと思います。

 

 

受給できるようになってからは、ほかの失業者さんたちと同じように失業認定日にハローワークに行って、職業相談をして~というような流れになってきます。

通常は90日間ですので、短い期間ではありますが、お金を貰えるというだけで精神的にも安心すると思います。

 

 

以上が、ハローワークでの雇用保険の受給延長の流れになります。

こういった情報は、私もやってみるまで知らなかったので、皆さんも案外知らない情報なのかもしれませんね。

私の体験が少しでもお役に立てば幸いです(^^)

協会けんぽの傷病手当金を貰おう!受給手続きについてまとめてみました。

さて、今回は傷病手当金のお話です。

 

会社員の方は、会社で健康保険組合に加入して保険証を有していると思います。

その健康保険組合の取りまとめ先である協会けんぽでは、病気になって休職することになった際に、傷病手当金というお金を支給してくれる制度があります。

 

この制度を利用すると、社会保険の算定基準として届け出ている賃金の6割を振り込んでもらえます。

休職することになったら必ずもらっておきたいお金です。

 

この傷病手当金は、会社を退職した場合でも貰えますので、必ず手続きをしておきたいところです。

 

 

ただし、傷病手当金はもらえる期間の定めがあります。

1年6カ月間を上限に、お金をもらうことが出来ます。

療養期間がそれ以上伸びてしまっても、1年6カ月が経過した以降は傷病手当金を貰うことはできません。

ですので、いつから支給を開始するのかのタイミングは自分で考える必要があります。

 

私は、結局休業直後からもらうことにしたのですが、療養期間が1年6カ月を超えましたので、超えてしまってからは無収入になりました。

 

 

私の当時勤めていた会社では、休業中も給料の基本給の半額を支給してくれたので、その間は傷病手当金を受給しないという選択も取れたのですが、とはいってもさすがに1年6カ月もあればその間には治るだろう、と思っていたので、休業直後からもらうことにしてしまいました。

 

私の会社はたまたま給料の半額を支給してくれましたが、多くの会社は休職中は給料を0にされてしまうそうです。

そうなると、休職直後から無収入になってしまいます。もし、貯蓄に余裕があるならば、しばらくは貯金を切り崩して、タイミングを見て傷病手当金を貰い始めるという手もあるかもしれませんが、いずれにせよ1年6カ月までしか受給はできないので、その間に治ってしまえば、もらえる期間も短くなります。

私は貰えるものは全額きっちり貰いたかったので、休職直後からもらい始めましたが(笑)

 

 

この1年6カ月というのが厄介なのは、

もし、1年6カ月を経過する前に治ったとして受給を停止します。その後復職して働き始めたらまた調子が悪くなって再び休職することになりました、となった場合に、

1年6カ月が始まった起点は「最初の受給を始めた時から」なので、

例えば最初の受給期間が6カ月で、復職していた期間が6カ月だったとすると、もうそこで1年が経過しているので、再び休職しても残りの受給できる期間は6カ月間しかありません。毎回1年6カ月貰えるわけではないのですΣ( ̄ロ ̄lll)

 

ですので、「いつから受給し始めるのか」が大変重要になってくるわけです。

 

 

とはいっても、そんな先のことがどうなるかなんて誰にも予想はできませんから、貰えるものはさっさと貰ってしまうのがいいかと思います。

 

 

この辺の制度の詳細は、会社には社会保険労務士がついていると思いますので、社会保険労務士の方に聞くと、詳しく説明してくれると思います。

私は、自分が労務関係の仕事をしていたので直接社労士さんと関わっていましたから、その辺の制度を直で詳しく教えてもらえましたが、そうでない場合は、自分で調べる必要があるかもしれません。

会社もそういった制度があることを教えてくれる場合とそうでない場合があるかもしれませんので、自分で調べることが重要になってきます。

教えてよ!って思いますけど、親切じゃない会社もありますからね・・・(-ω-)

 

 

傷病手当金を受給するには、協会けんぽに書類を提出する必要があります。

4ページあって、1,2ページ目は本人の記入欄、3ページ目は会社記入欄、4ページ目は主治医の記入欄です。

 

本人の記入欄は、傷病名いつから発症したのか、といった情報と、あとは個人を特定するための健康保険証番号(退職した後も従前の保険証番号を記入する)と振込先情報などです。

会社記入欄は、申請する期間内に給料の支給があったか、出勤日数や欠勤日数などを書いてもらいます。退職した後は、この欄は空欄で構いません。

主治医の記入欄は、申請期間内に何回受診したか、病名と発症日、現在の状態などを書いてもらいます。

 

1枚の申請用紙で3か月分までの申請ができます。

1カ月だけでも申請できますが、傷病手当金の申請書は主治医の記入欄を書いてもらうのに大体病院への支払いは2000円近くかかってしまいます。毎月出すと毎月2000円余分に払うことになってしまいます。

まとめて3か月分申請できますので、主治医に書いてもらうのも3か月に1回で済めばその分お金の節約になりますので、申請書はなるべくまとめて申請しましょう。

 

3か月分申請すると、支給される額も3か月分まとめて支給されます。

申請書に記入した、自分の指定の口座に振り込まれます。

 

 

 

この支給額の計算のもとになるのが、年金事務所に提出してある社会保険料の算定基準となる標準報酬月額です。

 

毎年4月から6月までの給料の支給額をもとに計算されて、年金事務所に提出してあるものです。この手続きは、ある程度の規模の会社なら、会社と契約している社労士が代行して行っているはずです。

この報酬月額が間違っていると、受給できる傷病手当金が違う可能性があります。

 

「そんなことあるわけないでしょ」と思うかもしれませんが、私実際にあったんです(-""-)

届け出てあった標準報酬月額が実際に毎月貰っている手取りよりも少ないままになっていて変更されておらず、いざ傷病手当金を支給されてみたら、賃金の6割よりも少ないじゃありませんか!

どういうこと?と思って会社の社労士さんに連絡したら、なんと報酬月額が前のままになっていました、なんて顛末でした。

急いで年金事務所への報酬月額を遡って変更してもらって、のちほど傷病手当金の不足していた分については支給がされた次第です。

 

そういうことも、実際起こりえるわけですので、支給されてみてからも、協会けんぽから届く「支給決定通知書」の内容をよく確認するようにしてくださいね。

 

 

 

傷病手当金については以上になります。

分からないことがあれば、まずは社労士さんに聞いてみて、指示を仰いでみるのがお勧めです。自分で調べるのにも限界がありますから、その道のプロに聞くのが一番ですね(^^)

もし、分からないことがあれば私にわかる範囲でしたらお答えします。

くよくよ考えてしまう時の対処法

あれこれ色んな考えが浮かんできては、それらについてくよくよと考えてしまう事ってありますよね?

 

過去の失敗や後悔など、突然思い出してしまって、あれこれ逡巡してしまう。そんな経験ありませんか?

そんな時、どうやって思考を変えれば良いのか分からずに、悶々とした気持ちを抱えている人も多いかと思います。

 

 

そんな人にオススメの対処法があります。

それは運動することです。

 

 

まず確認しておきたいのは、過去の事を思い返してはくよくよ考えてしまうことがよくある人は、記憶力がいい人なのです。

 

普通の人はそこまで記憶力がよくありません(笑)

そんなに昔の事なんて覚えていません。

 

ですが、記憶力がいいと過去の事を忘れられません。

細かいことも色々覚えています。

よく「そんな事まで覚えてるの!?」って言われませんか?

 

そういう人はそれが当たり前だと思っているので、「普通の人はそこまで記憶力がよくありませんよ」というと驚かれます。

 

記憶力がいいので過去の失敗やら、人間関係の嫌な記憶を思い出しては、もう一度嫌な思いをして自爆しているわけです。

 

 

しかし、そんなの不毛ですよね?

自分でもそんなことはやめたいと思っているわけです。

 

ではどうしたらいいか?

それが運動することです。

 

 

 

嫌な事を思い出してしまった時、

場所を変える行動を変える

これが正解です。

 

これは私の主治医に言われたことです。

その場でじっとしていると、いつまでもくよくよ考え続けてしまいます。

 

 

まず場所を変えてみましょう。

薄暗い部屋にいるよりは明るい屋外の方が思考も変わりそうじゃありませんか?

 

よく家にじっと籠って勉強しようと思ってもなかなか集中できなくて、家の近所のカフェに行って勉強したほうが集中できる、なんてことありますよね?

それが「場所を変える」の効果です。

 

場所が変われば気分も変わるので、それまでの感情を引きずらなくて済むのです。

 

 

そして行動を変えるです。

その例が運動です。

 

縄跳びを100回飛んでいるときにくよくよできますか?

回数を数えることにいっぱいいっぱいで、それ以外の事を考える頭の余裕はないはずです。

足が引っかかっては、まともに跳べませんよね?

足が引っかからないようにすることに集中するはずです。

そういうことに脳の中がいっぱいになれば、ほかのことを考える脳の余裕ってありそうですか?

 

 

脳って案外単純で、一つのことをやっている間にほかのことを同時にする、なんてできないんです。

よく「マルチタスク」なんて言いますが、同時に複数のことをすることでかえって生産性が落ちるという研究結果もあります。

 

人間の脳ってそこまで万能じゃないんですよ(^^;

 

 

また、運動をすることでセロトニンが分泌されて気分もよくなります。

セロトニンが分泌されれば、運動している最中だけではなく、運動が終わった後もしばらくの間効果が持続して、いい気分でいられます。

 

運動することで、あれこれ考えないということ以上の効果が期待できるのです。

 

 

運動でなくてもいいですが、それに集中できるということの方がいいと思います。

例えば歌うことなどですかね。

歌うことに集中すれば、自然と頭の中は歌詞を正しく追うことでいっぱいになるはずです。

 

やはり口であったり、体の部位を動かす動作をしているというのがポイントになりますね。

じっとしている、という状態がよくないということです。

 

 

よく寝る前に布団に入ってからあれこれと考え始めてしまって眠れない、という方いらっしゃいますよね?

そういう方も、場所と行動を変えてください。

 

まず、布団から出ます。

そしてリビングなどの別の場所に移動します。

これの効果は、まず場所を変えてくよくよ思考をいったんリセットすることです。

勉強するときのカフェと同じ効果を期待します。

 

そして、布団に入ると眠れないという負のイメージを植え付けないことも重要です。

布団は眠れる場所として記憶するためには、眠れずにその場で悶々としていてはダメなのです。

 

 

そして、夜に運動したり、歌を歌うというのも難しいかもしれませんが、とにかく先ほどとは違う行動を取ってみましょう。

悶々とじっとして考えていたわけですから、まずは温かいミルクを飲んでほっと一息つく、でもいいと思います。

読書も本の内容に集中できるならOKです。

 

そうこうしているうちに、眠くなってきたらそこで初めて寝室に行く。

こうすることで、

「寝室=眠れない場所」

だったり

「夜=眠れない」

という相関関係を作らずに済みます。

 

 

 

上記の方法をやってみたけどそれでもダメなら、とっておきの方法があります。

それは、上を向くことです。

 

くよくよと考えてしまうときって、必ず下を向いています。

これがいけないんですね。

顔を上げて上を向くと、そういったことが自然とできなくなります。

これが不思議なんですが、人間の体ってそういう風にできてるんですね。

試しに、顔を上げて上を向いた状態で、くよくよ考え事ができるかやってみてください。多分できないと思います(^^)

 

こんな単純なことで変わるのに、気づかないで生活しているなんてもったいないですよね。

ちょっとしたことで変えられるなら、生活に取り入れない選択肢はないですよね。

 

 

 

くよくよと過去のことを持ち出して考えそうになったら、場所を変える、行動を変える。

日中なら体を動かす。

夜なら、そのまま寝ようとしない。

最後は、上を向く。

 

この事を是非覚えておいてくださいね(^^)

回復期(後期)の症状とどのように過ごしていたか。安定を手に入れるまで。

さて、今回は回復期(中期)の激しい鬱から躁を経て、その後の経過について綴っていこうと思います。

後期は約半年間と位置付けています。その半年間について、経過を書いていきます。

 

 

激しい躁状態になった私は、お買い物中毒状態になってしまったのですが、まだどうにか数万単位に抑えられていたため、理性もギリギリ働いていました。

その時に、それまで飲んでいたラモトリギンに加えて飲み始めたのがアリピプラゾールです。

この薬については、また次の機会に詳しく説明します。

とにかく、このアリピプラゾールを飲み始めてから、それまでのような激しい躁状態はだんだんと落ち着いてきて、お買い物中毒状態も少しずつ収まっていきました。

薬との相性がよかったんだと思います。

 

この薬を飲み始めて最初のうちは量を多めに飲んでいたのですが、副作用なのか便秘が激しくて、それには悩まされました。補助として酸化マグネシウムも飲んでいました。

しかし、気分が落ち着いてきて、薬の量もだんだんと減らしていったことで、その症状も落ち着いていきました。

 

 

気分が落ち着いてきてからの私は、すっかり穏やかな日常を取り戻していきました。

過剰に興奮するわけでも、はしゃぐわけでも、怒りに任せて暴言を吐くわけでも、知人に当たり散らすわけでもなく、おとなしくなりました。

 

躁の時は、ハイテンションになっているというよりも怒っている(易怒性)ことが多いと言われています。

その人の躁状態を判断するには、最近怒りっぽくなったかどうかで判断しろと。

私も御多聞に漏れず、振り返れば躁の時はいつも誰かに対して怒り狂っていました。

職場の誰かに怒り、それにより雰囲気が悪くなったことは多々ありました。

こういったことの積み重ねが、双極症患者によくある転職回数の多さに繋がってくるわけですが。

 

とにかく、薬の効果で怒り狂うこともなくなったので、自分としてもとても気分よく過ごせるようになりました。

誰だって怒り狂いながら生活するのは嫌ですからね。

怒り狂うのは好きでやっているのではなく、病気の症状でやっているので、本人にも大変疲れるわけです。できればそんな状態でいたくはありません。

心が穏やかになり、以前の落ち着いていた頃のように、家事をのんびりとこなす日常が戻ってきました。

朝おきて、洗濯をして、掃除機をかける。そんな些細なことが心にゆとりがある状態でできるというだけで大きな進歩なのでした。

 

 

この頃、注意していたのは、興奮する材料をとにかく排除することでした。

気分が上がりすぎてしまいそうなこと、例えば何かのイベントに出向くとか、旅行に行く、県を跨ぐような遠出をする、などは細心の注意を払っていました。

そういったイベントにどうしても行きたいときは、行った日は若干テンションが上がって興奮するだろうことは織り込み済みで、それ以降の日をどう過ごすかに重点を置いていました。

 

イベントの翌日は、とにかく静養します。

やっても通常の家事のみ。それ以上は何もしません。

何か思いついてやり始めてのめり込んでしまうと、躁まっしぐらです。

そうならないために、自制して慎重に生活していました。

 

このような努力の結果、いい状態をキープすることができました。

躁が落ち着いてからの3カ月くらいは、ずっとこの状態でキープし続けていました。

 

 

ただし、一つだけ懸念材料がありました。

私の場合、月経の直前になるとホルモンバランスの乱れからか、急激に気分が落ち込み、「死にたい」といった気持ちが再燃してしまうことがありました。

当時の気分をグラフで表すとこうなります。

回復期(後期)の気分グラフ。概ね正常範囲内だが一時的な鬱あり。

鬱も躁も、正常範囲内に収まっているのが大概なのですが、月経の時だけ気分が落ち込んで、その数日だけは正常範囲を超えてうつ状態になってしまいます。

この状態が3カ月程度続きました。

 

 

なので、まだ完全に安定したとは言えず、主治医からも、安定したというお墨付きは得られていませんでした。

しかし、そうはいっても平時は正常範囲内で何の問題も無く生活できるまでに回復しました。

あと一歩です。

 

 

そこで、主治医の判断により、抗うつ薬を追加することとなりました。セルトラリンという薬です。

抗うつ薬双極性障害では飲んではダメな薬ですが、あくまで常時飲むのではなく一時的に、生理前5日間を狙い撃ちしてその間の気分の落ち込みを防ぐために飲む、という作戦を取りました。

 

 

これが効果てきめんでした。

ホルモンバランスが一番崩れやすい時期に、気分が落ち込まなくなりました。

抗うつ薬の気分を持ち上げる作用を、一時的に利用することで、このような効果が得られました。

おかげで、抗うつ薬を飲み始めてからは、本当に一度も気分が落ち込むことがなく、毎日を過ごせるようになりました。

毎日ずっと正常範囲内です。

 

 

とはいえ、この状態がずっとキープできなければ完全に安定したとは言えません。

ここからまた3カ月間、診察時にそれまでの経過を報告することで、ようやく医師からも症状が安定したというお墨付きをいただきました(^^)

 

 

 

こんな日々が来るとは、鬱や躁が酷かった時期にはとても考えられなかったことでした。

しかし、諦めずに毎日病気と闘ってきたからこそ、この状態まで辿り着けたのだと

思います。

 

 

私は、双極性障害と診断されてから一貫して、治ることを諦めませんでした。

たくさんの双極性障害の本を読み、たくさんの双極性障害の情報をネットで収集しては読み漁りました。

非常にも、双極性障害の専門家が「この病気は治りません」と書いてあるものもありましたが、私はそんな言葉は一切信じませんでした。

 

「何が治らないだ、絶対治してやる。」

 

そう心に誓って、病気と闘ってきました。

 

 

そして、ようやく2年かかって、安定を手に入れることが出来ました。

ここまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。

去年の今頃は毎日死にたいと思いながら、ベッドで横になっていることしかできませんでした。

あの日々を思えば、今の生活は本当に夢のようです。

そして、あの日々には絶対に戻りたくはありません。

なので、私は絶対にあの日々に戻らないようにこれからも自分を律して生活していこうと思います。

 

 

双極症患者に多いのは、調子がいいともう治ったと思ってしまったりして、また奔放な生活を始めてしまう人がいることです。決して安定などしていないのに。

私にはそのような人たちが信じられません。

だって、死に物狂いで手に入れたものを、どうして手放そうと思うのでしょう?

誰だって辛い日々には戻りたくありません。

私は、酷い鬱も躁も両方経験しましたが、どちらの日々にも決して戻りたくはありません。

とくに鬱は全体に嫌です。絶対です。

あの日々に戻ることを考えたら、今の安定を手放そうなどとは決して思わないはずです。

そのためには、規則正しい生活が重要なのですが、それが出来ていない人が多い。

これは、双極性障害の本を読めば簡単に分かることです。書いてあるのですから。

 

 

ですが、それができない人もいるという現実が、この病気が治らないものだと思わせたり、そのように言われるゆえんだと思います。

しかし、私はそういった【常識】にも負けないように、これからの自分の身を守っていこうと思います。

私は完全に治る、治ってみせるのだと、強く心に思い描いて、毎日を生きていきます。

 

 

まだ、薬は飲み続けています。

主治医とも相談し、まだ服薬は続けたほうがいいという判断に落ち着きました。

ですが、私はいずれ薬も徐々に減らしていこうと思っています。そして、いつかは薬を完全に止めたいと思います。

 

薬を全く飲まない日々を手に入れられたら、それこそが本当に治ったと言えると思っています。

それまで、私はまだまだこの病気と闘い続けていくつもりです。

 

 

 

さて、ここまでが一連の私の闘病日記なのですが、振り返ると本当にいろんなことがあったなと、自分でもしみじみ思います。できる限り経過が分かるように書いてきたつもりですがいかがでしたか。

次回以降、最近の生活や、病気全般の知識について、綴っていこうと思います。